ドナルド・トランプはヒトラーになるか。。。。。。。。。。。。。

皆さんこんにちは。 

 

今回は自由民主主義が崩壊しつつあるというテーマでお話したいと思います。

 

自由民主主義」とはなにかと言うと、ヨーロッパやアメリカ、日本といったいわゆる”西側諸国”が共通して持っている価値観で、人権や個人の自由や、平等を大切にしようといったものです。

人権や個人の自由なんて当たり前じゃん!と思った方も多いでしょう。

しかし長い歴史でみれば、人権や平等が当たり前の時代なんてありませんでした。

過去の人々からすれば現在が異常に見えるでしょう。

そしてその尊い自由と人権の価値観は再び歴史の闇に呑まれようとしています。

これを防ぐために私たちに何ができるでしょうか?

 

本題である「自由民主主義の崩壊」をより理解できるように、自由民主主義の辿ってきた歴史を簡単に振り返りたいと思います。

すばらしき私たちの自由主義は20世紀初期に生まれました。

しかしそこには2つの強力なライバルが存在していました。ファシズム共産主義です。

 

この三陣営にはそれぞれの世界観がありました。

 

ファシズム

歴史とは異なる国家間の争いの歴史である

我々が世界征服し、この世に国を1つだけにすれば、平和が訪れる

 

共産主義

歴史とは貧しい者と富める者の間の争いの歴史である

自由よりも平等こそが正義である

 

自由主義

歴史とは自由と抑圧の争いである。

自由こそが世界に平和をもたらすのだ

 

この3つの主義は互いに激しく争い、

WW2にまずファシズムが敗れ去りました。

そして冷戦の末、共産主義が脱落。世界には自由主義が残りました。

 

なぜ自由主義が勝ち残ったのでしょうか?

 

自由主義は個人で考え、自分で判断することを奨励します。

人権を保障し、自由な市場を保護します。

これらは人々の安心と成長を生み、国の柔軟性も保ちます。

自由主義を採用した国家は人類史上まれにみる平和と繁栄で報われました。

 

この自由主義国家の繁栄を目にした世界の国々は次々に自由主義を採用します。

これほどの繁栄と国際的な平和を私たちは目にしたことがなかったので、このまま自由主義が未来永劫つづくと思いました。

 

ところが2008年、ある大事件が起きます。

 

カンの良い方はお気づきでしょう。そう、リーマンショックです。

自由主義をグローバルな金融危機が襲いました。

 

この事件でで完璧だと思われていた自由主義に、多くの人が疑問をもちます。

 

自由主義は個人や企業の自由な移動を推奨しますから、必然的にグローバルな関係を構築します。これは経済の発展に大切ですが、諸刃の剣だったのです。

経済が強く結びつくということは一国の不況が他国に響き渡る、これが大きなデメリットだとリーマンショックが証明しました。

 

人々が自由主義を疑うようになると、大きな問題が生じました。

ファシズム共産主義に続いて、自由主義まで失敗作だとすると私たちは何を信じればいいの!?

 

この問題には世界のエリート層ですら混乱しており、だれも答えは出せていません。

いったい世界はどこに向かうのでしょうか?

 

一つの答えを出しつつある男がいます。ドナルド・トランプという男です。

彼は自由主義のグローバルな側面を批判しナショナリズムを打ち出します。

彼の主張は自由主義を疑い始めていた層に支持され、大統領に当選するまでに至りました。

ナショナリズムの特徴としては、

・自国ファースト

反グローバリズム

反自由貿易

反自由主義

があります。代表的な国としては、ロシア、トルコ、中国などがあります。

さらには、自由主義発祥の地である、イギリスでさえ、ナショナリズムを強く訴える、ボリス・ジョンソンが大統領に当選し、さらにグローバルな協力を目指すEUからも離脱してしまいました。

このようなナショナリズムの流行は広がり続けています。皮肉なことに、自由主義の名の元に、日本を開国させた欧米が今度は、自分たちが鎖国への道を歩み始めたのです。

一方、現在の日本は世界でも有数の自由主義大国です。

 

果たして、ナショナリズム自由主義にとって代わることが可能なのでしょうか?

まだはっきりとは分かりませんが、ただ一つ言えることがあります。

強烈なナショナリズムと戦争は切り離すことは不可能だということです。

歴史が証明するように。

 

 

しかしご安心を。不安をあおるように話してしまいましたが、ナショナリズムが唯一の道ではありません。

 

 

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私たちには大きく3つの道がのこされています。

①世界が協力し地道に努力して、自由主義をアップデートした改良版自由主義をつくる

②過去回帰を目指す。(ナショナリズムと宗教依存)

③完全に新しいなにか

 

 

まず➀について詳しく検討していきましょう。

じつのところ、自由主義が崩壊の危機に瀕したのは初めてではないのです。

一度目は、第一次世界大戦の時、帝国主義の脅威

二度目は、第二次世界大戦の時、ファシズムヒトラー)の脅威

三度目は、共産主義ソ連)の脅威

これらの脅威を乗り越えるたびに、自由主義はより強く進化してきました。

そして今回のナショナリズムの脅威も首尾よく乗り越えられるのでしょうか?

ここを理解するために自由主義の要素を分解したいとおもいます。

 

自由主義のセットメニュー

 

・各要素は互いに強く結びついており、不可分。

例えば、自由市場には、インサイダー取引や、汚職の蔓延を防ぐために自由選挙が 必要である

性の平等は世界平和をささえる。♂の方が闘争本能が強い。

 

欠点としては、1つの国が傾くと世界全体が傾くリスクがある。

経済発展による環境の破壊などがあげられます。

この欠点を補った自由主義が現在一番望ましいのではないでしょうか。

 

現在のこのセットメニューのいいとこどりが世界のトレンドとなっています。

 

例えばアメリ

自由市場と民営化は進める一方で、グローバルな協力と自由貿易は拒否しています。

 

中国は自由貿易は進める一方で、自由選挙は拒絶しています。

 

イギリスは民主主義や個人主義は推奨しますが、グローバルな協力や、EU、移民の受け入れは拒否しています。

 

しかし自由主義の各要素は先ほども言ったとうり、互いに支えあっています。

アメリカは国内の自由市場は認め、グローバルな自由貿易は禁止できるのでしょうか。

中国では経済の自由化がか、政治の自由化を求める革命につながらないと本当に言えるのでしょうか?

この自由主義の都合のいいとこどりは、アンバランスで大惨事の火種になるかもしれません。

 

次に私たちに残されたみちの二つ目、過去回帰について考察します。

現在の世界的な傾向として、それぞれ国は自身の黄金期を夢見ています。

 

アメリカは

1950~1980のアメリカ黄金期を夢見ています。アメリカが世界の警察を自称し、向かうところ敵なしだったころです。

トランプ大統領の"We will make America great again"というセリフが有名ですよね。これはこのころのアメリカを指しています。

 

ほかにもイギリスはヴィクトリア女王の時代、大英帝国の栄光を夢見ています。

ロシアはロシア帝国時代の栄光を取り戻したいと思っています。

 

特に「中東」はこの過去回帰の願望が顕著に表れています。

イスラム原理主義者は1400年前に預言者ムハンマドが打ち立てた制度の再現を目標tしていますし、

イスラエルは2500年前、聖書時代の広いイスラエルを再現しようとやっきになっています。

 

はたして、過去の宗教や帝国主義は、現在に悩む私たちに正しい道を示してくれるのでしょうか。

ただこれだけは忘れないで欲しい、過去を再現するということはかつての戦争や、飢餓を再現することでもあると

 

 

私たちに残されたみち最後の一つは

まったく新しい制度を発明することです。

私たちが今大切にしている、個人の自由や、伝統的な宗教をぶち壊して、

現在世界が抱える問題、(地球温暖化移民問題、紛争、疫病など)にかつてないほど効果的なイデオロギーを考えだすというものです。

 

自由主義を改良する

②過去回帰する

③まったく新しい制度を発明する

このどれを人類が選ぶかはまだ未定ですが、ある問題、今世紀最大ともいえる問題に最もうまく対応できたものが残るといわれています。

 

それはあたらしいテクノロジーの問題です

特にITとバイオテクノロジーです

政治的な話から、急にテクノロジー!?と思った方もいるかもしれません。

ただ、核兵器の発明など、科学と政治はきっても切り離せないのです。

 

まずITが国に与える影響に注目します。

現在、金融市場はコンピューターが導入され、非常に複雑化しています。複雑すぎて、ほとんどの人間には理解不能となり、現在、金融市場全体を理解しているのはごく一部の熟練した専門家だけです。

そして将来、さらに進化したAIが金融市場に投入されたとき、どうなるでしょうか?

そう、だれも金融について理解できなくなります。

AIがすべてを決めるのです。人間にできることはAIに尋ねることだけ。

想像してください、政府の予算案や金融政策をAIが判断する未来を

 

他にも、暗号通貨が普及した場合を考えてみてください。

ドルや円に課税しても意味がなくなりますよね?政府は全く新しい税を考える必要があります。

 

ITと並んで重要なのがバイオテクノロジーです。

今、ものすごいスピードで人間の内側、脳の仕組みが分かってきています。

私たちの感情はシナプスの発火の組み合わせによって生まれています。そしてそのシナプスの動きをコントロールできることも分かってきました。

いつの日か、政府や企業があなたの心をハッキングして、操作できるようになるでしょう。そうなると人間社会がどのように変化するでしょうか?

 

このように先行き不透明な現在ですが、決してパニックになってはいけません。

パニックとは世界が悪い方向に向かっているという思い込みによって生じます。

これは私は世界の行く末を知っているというなんとも傲慢な考え方です。

本当はただ「世の中で起こっていることが理解できない」というだけです。

分かっていないのであれば対処法はありますよね。

 

これで第1章の内容は終わりですが、二章以降も雇用や移民問題など現代の諸問題がどうなるのか、鋭い考察がなされています。

ぜひみなさんご自身でよんでみてください。

 

参考図書 ユヴァル・ノア・ハラリ「21 Lessons」

 

 

「学問のすすめ」で分かる人間の権利

皆さんこんにちはSh!n です。

今回は「学問のすすめ」2編のお話をしたいと思います。

テーマは人間の権利についてです。

では早速いきましょう。

 

 

†本を読むだけが学問ではない(初編の補足)

初編で福沢は学問の必要について説きましたが、ここで勘違いのないよう学問の定義について触れています。

 

文字が読めるというのは当然大事であるが、

昔の人のようにただ文字を読むだけで学問とするのは間違いである。

文字は学問をするための道具にすぎない。

たとえるなら家を建てるための金づちやのこぎりといった道具のようなものだ。金づちを持っているだけで、家の建て方を知らない者は大工とは呼べない。

これと同じで文字の読み方を知っているだけで、物事の道理を知らないものは学者とは言えない。まさに「論語読みの論語知らず」である。

古事記」を暗記していても、現実の米の値段を知らないものは、実生活の学問に弱い人間である。

論語」を詳しく知っていても、現実の商売ができなければ、経済に弱い人間である。

こうした人物はまさに「飯を食う辞書」で、国や社会にとっては無用の長物である。

実生活も学問であり、経済や世の中の流れを理解することも学問である。

 

†現実の社会的地位を権利の平等に持ち込むな

人と人との関係は本来平等だ。ただしその平等というのは、現実のありかたが等しいということではなくて、権利が等しいということだ。

現実には貧富や身体的な強弱、知恵がある、愚かであるといった差が非常に大きい。

見た目は雲泥の差があるが、その人が生まれるつきもっている人権に関しては、まったく同等で軽い重いの差はない。

つまり、人権というのは、ひとりひとりの命を重んじて、財産を守り、名誉を大切にするということである。

この基本的人権は、天が与えたもので、どんなことがあっても何人たりとも侵害することはできない。

大社長の命も、力仕事をするひとの命もその重さは等しい。大富豪の1億円も、駄菓子屋の40万円も、これを自身の財産として守る気持ちは同じである。

 

社長と社員は人としての権利は同じである。

ただ社長には金と権力があり、社員はそれがない。

もし金があって社会的地位が高いことを理由に、社会的弱者に無理をしようとするなら

、これは力の差を利用して他人の権利を侵害することになる。

これは相撲取りが、腕の力が強いからといって隣の人の腕をねじり折るのとおなじだ。

迷惑なこと限りない。

 

最近大企業の社長が女性社員にセクハラを慣行していたというニュースを見ました、まさにこのことですね。

 

 

†政府と人民は対等である

政府は法律を作り、悪人を罰し、善人を守る。これが政府の「商売」である。この「商売」には莫大な費用がいるけれども政府にはそれがない。

そこで国民から税金をだしてもらって、その財政をまかなおうということで、政府と人民が相談しそう取り決めたのだ。

これがすなわち政府と人民の「社会契約」である。

だから、国民は税を出して法律を守れば、その社会的責任を果たしているといえる。

政府の方は税金を正しく使って、人民を守ればその責任を果たしているといえる。

双方が責任をきちんと果たして約束を破ることがなければ、言うことはない。

それぞれが権利を堂々といえばよい。

 

†政府とわたりあえる人民になる方法

政府と人民の立場は対等であるが、政府は人民の代表となって法律を整備して、人民はこの法律を守ろうと約束した。

ひとたび国の法律と決まったことは、個人の不便があったとしても、正式な手順以外で変えることはできない。

この法律は気を付けても守るべきであり、これは人民の責任である。

 

しかし世の中には、学問がなく、物の道理も知らず、食って寝るしか能のない人間がいる。無学のくせによくは深くて、ぬけぬけと人をだまして、法律逃れする人間がいる。国の法律がどうのような役目を果たしているかもしらず、自分の仕事の責任も果たさず、子は作るけれども、その子をきちんと教育するやりかたも知らない。

いわゆる法も知らない馬鹿者である。

 

このような馬鹿者は論理で説いても理解しない。

故に政府は不本意ながら力で脅し従わせるほかない。

そうなると暴力的な政治というのは、暴君やひどい官僚のせいで起こるのではない。

大本には国民の無知があって、自ら招いた災いともいえる。

 

ゆえに、人々が暴力的で横暴な政治を避けたいのであれば、いますぐ学問を志して、自分の才能や人間性を高め、政府と同等の地位に上り詰めるほかない。

 

次回は第三編の要約を試みます。

 

「学問のすすめ」を分かりやすく要点だけで

皆さんこんにちは。Sh!nです。

この記事では難解な本を分かりやすく解説し、人々(特に学生さん)の啓蒙に取り組みたいと思います。

 

今回皆さんに紹介するのは言わずと知れた「学問のすすめ」です。

そう一万円札にもなっている福沢諭吉、日本の顔ともいえる彼が書いた書は明治の人々の思想に多大な影響を与えました。

しかながら「学問のすすめ」を読んだことがある!という方は大変少ないのではないでしょうか?100人に一人?1000人に一人?もしかするとそれ以上かもしれません。

しかしそれは非常にもったいない!!!!

福沢が明治の人々に示した生きる指針は、現在の我々にも必ず役立つからです。

なぜかって?

それは現在と明治という時代がよく似ているからです。

明治は西洋の文化がドッと流れ込み、従来のやり方が全否定され、西洋化が叫ばれました。そんななか沢山の人々が時代の流れについていけず、慌てふためいていました。そんな混沌の時代に迷える人々に一つの正解を示したのが「学問のすすめ」なのです。

そう、カンの良い皆さんはお気づきでしょう。

現代も混沌の時代です。とんでない勢いで進化するテクノロジー、進むグローバルか、前代未聞の超高齢化社会。あまりに時代の変化のスピードが速いのでついていくのがしんどい方も多いのではないでしょうか?

かく言う私もその一人です。

 

150年前に私たちと同じ状況に陥った時、先人たちは一つの答えを見つけました。その答えというのが学問のすすめに書かれているのです。

 

学問のすすめは初編から17編に分割されそれぞれのテーマにそって書かれています。

 

ではまず初編「学問には意味がある」から見ていきましょう。

 

一行目

 

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

 

でました!!!!!!

これは全員が聞いたことのあるフレーズですよね(笑)

しかしこの言葉の意味を正しく理解できている方は少ないのではないでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

「天」とはイエスのような神様ではなくこの場合、自然の摂理のことを指しています。

「自然の摂理」は私たちを同じ種(ホモ・サピエンス)として同じように生み出したのだから皆、同じ権理をもっていると。

人間は全員、身分の上下はなく、身体と心の自由は保障されており、衣食住をえる権利があり、他人の迷惑にならない限り自由自在であると。

これらは固く守られており、何人たりと犯すことはゆるされないということです。

 

人は生まれながらは完全に平等です。では現実社会で見られる、金持ちや貧乏、賢い人や愚かな人、社会的地位の高い人や低い人はどのようにして生まれるのでしょうか?

 

福沢は断言します。

「賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによって生じる」と。

 

たとえば医者や学者、政府の役人や大商人といった社会的地位の高い人間は、ただその人に学問の力があるかないかによって決まり、天が生まれつき定めたものではないということです。

 

しっかりと学問をしてものごとをよく知っているものは、おのずと社会的地位が高く、豊かになり、学ばない人は貧乏で地位の低い人となるということです。

 

 

福沢は社会的ステータスや貧富の差は「学問」によって得た知識の差であると説きました。

ただ彼はあらゆる「学問」が良いとは言いませんでした。

ではどのような「学問」を優先して行うべきなのでしょうか?

 

それは「普通の生活に役立つ実学です」

より詳しく言うと、難しい漢字が読めるだとか、大昔の文章が読めるだとか、上手に歌がつくれるといった実用性のない学問も人のこころを楽しませ、大事なものではあるが、優先すべきものではない。

まずすべきは、現代語で文章を上手く作れるとか、そろばんの稽古や天秤の使い方といった役立つが学問をすべきであると言います。現在に当てはめていえば、プログラミングやPCの扱い方などでしょうか。

 

また地理学や歴史、経済、物理学などを率先せよと書かれています。

 

こういった学問はどんな地位のひとも身に着けて損はなく、個人の、社会の、独立を助けます。

 

 以下はテーマが変わるので大筋の要約を記載したい。

 

†自由とわがままの境界

自由とわがままの違いについても明確な定義を示しています。

「自由とわがままの境界というのは、他人の害となることかどうかにある」

 

たとえば、自分で稼いだお金なら、酒や女におぼれてやりたい放題やっても自由か?

これは明確に否定しています。

そのような人はかならず他の人の悪い見本となり、やがては世の中の空気を乱す。

人の教育に害となるため、浪費した金はその人のものであってもその罪は許されないのです。

 

現在は非常に「自由」が叫ばれる時代です。しかし皆さんもその「自由」をはき違えた人を少なからず見たことがあるはずです。この定義は現在においても分かりやすいのでないでしょうか。

 

†人々の義務

「サムライの時代とは違い、日本中ひとりひとりに生まれながらの身分などといったものは存在しない。ただその才能や人間性や社会的役割によってその位が決まる。」

「たとえば政府の官僚は重要な人物ではあるが、それはその人の身分が尊いからではなく、その人が才能と人間性を使い、国民のために尊い国の法律を扱っているからこそ敬意を払うのだ。個人が尊いのではなく、国の法律が尊いのだ。」 

かつて幕府の役人に逆らうことは身分の差ゆえ命に係わることであったが

今は政府の役人や政治家であろうと対等なのである。

よって人民は、安心して、仮に政府に対して不満があったら、それを黙って政府を恨むのではなく、それに対する正当な抗議の手段を用いて遠慮なく議論するのが筋である。

人権や人として当たり前の道徳に基づくことならば、このようにして政府に正しく意見することが国民のなすべき義務である。

 

また政府に正しく意見するというこの義務を果たすためには世の中の道理を知らなければならない。ゆえに今学問が必要なのだ。

 

 

次に初編で一番大事なテーマが書かれます。

(重要)†ひどい政府は愚かな民が作る

世の中で学問のない国民ほど哀れで憎むべきものはない。

なぜか?

知恵がないのが極まると恥を知らなくなる。

自分の無知ゆえに貧乏になり、経済的に追い込まれたときに、自分の身を反省せずに

金持ちを恨んだり、ひどくなると集団で乱暴することもある(言葉を用いる場合も然り)

これは恥知らずであり、法を軽んじる行為である。

世の中の法律をたよって身の安全を確保して社会生活をしているにも関わらず、依存するところは依存しておきながら、都合が悪くなると自分の私利私欲のために法律を破ってしまうやつがいる。

矛盾していないだろうか?

 

この文章はまさに今、令和の時代によく見られることを鋭くついている。

TwitterなどのSNSで一人の人間に集団で罵詈雑言を与えたり、財を成したものに嫉妬からの言いがかりをつけたり、これらを目にする人も少なくないであろう。これらも無学ゆえの恥知らずなのである。

 

もともと家柄がよく財産がある者も、お金を蓄えることは知っていても子供や孫を正しく教育するすべは知らない。きちんと教育されなかった子供は愚かになり、やりたい放題するようになり、先祖から引き継いだ財産をすぐになくしてしまう。

こうした愚かな民を支配するには、道理で諭しても無駄なので、力でおどすしかない。

ことわざの「愚かな民の上には厳しい政府がある」とはこのことだ。

政府が厳しいのというのは、民が自ら招いたわざわいである。

この逆も然りでよい民の上にはよい政府がある。

この日本においても

「このレベルの人民があるからこのレベルの政府があるのだ。」

 

もし国民の徳の水準が落ちて、より無学になることがあれば、政府は法律をより厳重にするだろう。

逆に国民がみな学問を志し物事の道筋を理解し、文明を身に付けるようになれば法律はより寛容になるだろう。

良い政治を嫌うものはだれもいない。自国が豊かになることは皆の望むところである。外国にあなどられるのをよしとするものもいない。これらは人として当然の感情である。

これらを果たすために大事なことは、自身の行動を正し、熱心に勉強し、広く知識を得て、それぞれの社会における役割をまっとうするための知識と人間性を備えることである。

 

そうすれば政府は政治をしやすくなり、国民は苦しむことなく、双方の役割を全うすることができる。そうやってこの国の平和と安定を維持できるのだ。

私がすすめる学問というもの、ひたすらこれを目的としている。

 

 

以上が初編のまとめとなります。

次回をおまちください。